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2200万年前〜1500万年前にアジア大陸が割れて、日本列島がいまの場所に移動してきました。
そして、移動してきた大陸の一部と大陸に間に日本海の原型がつくられました日本海の底には、
大陸が割れて移動した時にできた傷-割れ目がたくさんありました。大陸の分裂によってうすく引
きのばされた地殻の下では、上昇してきたマントルが、融(と)けて玄武岩マグマができました。
1200万年〜1100万年前、このマグマは、いまの見島の近くにあった割れ目からいきおいよく噴きだ
しました。このような噴火を「割れ目噴火」といいます。空中に高く噴きあげられたマグマの破片は
火山弾や火山灰となって地表に降りそそぎ、地表に流れ出した大量のマグマは玄武岩やピクライ
ト質玄武岩の溶岩台地をつくりました。820万年前に玄武岩や安山岩マグマが貫入し、見島の火山
活動は終わりました。




 
見島は玄武岩でできた島ですが、じつは見島のまわりの海のなかには見島と同じ玄武岩でできた
おおきな溶岩台地が広がっています。玄武岩マグマは粘り気が小さいので、長い距離を川のように
流れるので大きな溶岩台地をつくることができるのです。この溶岩台地はいまから1200万年前から
1100万年前のあいだにできたものです。大津郡の向津具(むかつく)半島でも同じ時期に玄武岩の
溶岩台地ができました。




地下にマグマがたまっている場所があり、マグマだまりとよばれています。マグマだまりはボールのよ
うな形をしていると考えられています。マグマの中には、水などのガスが入っています。ガスは軽いの
でマグマだまりの上の方にあつまり、だんだん圧力が高くなります。やがてマグマ溜りの天井がこわさ
れ、そこからガスとマグマが噴き出し大噴火をおこしました。見島の近くには大陸が割れて日本海がで
きたときの傷(割れ目)がのこっており、その割れ目を使ってマグマが大量にふきだしました。マグマの
かけらは空中で回転して、きれいな形の火山弾ができました。マグマの中のガスがなくなると、大規模
な噴火はなくなり割れ目から溶岩があふれはじめました。この溶岩は、粘りけが小さかったのでサラサ
ラと遠くまでながれ大きな溶岩台地をつくりました。このように観音崎では、ひとつのマグマ溜りが噴火
をはじめてから、からっぽになるまでのようすを見ることができるのです。


黒い部分が見島。灰色の部分が海のなかの溶岩台地。
見島のおいたち(永尾隆志山口大学理学部、福田靖子萩市教育委員会)より抜粋。